謹賀新年追加

 「孺子の牛」を知人に送ったところ、ある方から「謹賀新年」の内、欠けていた3年分を送ってきてくれた。大事に保存していてくれて、ありがたく思う。
 折角だから、追加でブログに書き加えることにした。以下の通りである。

  謹賀新年追加

 1998年
 昨年は、政治も経済・社会も未曾有の混乱でした。金が日本中を支配し、心が病んでいる。
 私たちと言えば、一昨年春加那が結婚した。水戸で住んでいる。たまの電話で元気を知る。奈津は、今年信州で4度目の春を迎える。森林科学課で、親とは縁のないことを学んでいる。毅志はようやく中学2年になる。体も大きくなってきた。小学校からの野球少年で、たまには応援に行く。
 マサ子は、昨年2期目の議員に再選され、忙しい毎日を送っている。わたしは、今はパソコンで囲碁を楽しんでいる。なかなか上達しない。
 5月には、加那の夫(大祐)の実家の高山に、マサ子・毅志と3人で行って来た。20年振の地だが、醸し出される風情・人情は同じく暖かかった。

 1999年
 昨年末は大変だった。11月に職場が、薬局に変わった。今はやりのリストラではないが、12月末に入院した。恩師から贈られた「詩歌三国志」を読んだ。嘗て読んだ、三国志演義土井晩翠の世界がよみがえって来た。今は元気だ。
 加那は、建築設計技師の道を歩んでいる。人にやさしいものが建てられるか。地域も含めて。
 奈津は、今春大学を卒業する。もう1年自分探しをするそうだ。それもよいだろう。
 毅志は、相変わらず野球少年だ。暇を見つけて2人で応援に行っている。先日は完封して、審判から間合いがいいと誉められていた。今年は中3だ。
 マサ子は、議員活動で忙しい。吉野川に、長良川のような可動堰を造るという。徳島市では、過半数を超える市民が住民投票条例の制定に賛成する署名をした。これが県民多くの声だ。春の一斉地方選挙では、昨年の参議院選挙のようにしたい。銀行に64兆円もの金を、無駄遣いする政権は救いようがない。

 2001年
 新世紀といっても、特に感慨があるわけでもない。昨年は、4月に突然の町長選挙挑戦があり、多くの方にご協力をいただき、またご迷惑をおかけした。国も地方も無駄な公共事業の乱発で、国民に大きな負担をかけている。8月には手首を骨折し体力の低下を実感させられた。
 マサ子は、相変わらず議員活動中心の生活で、今年3月には3期目の町議選挙がある。今回は今まで以上に大変だ。二人で旅行に行くこともここ数年全くない。
 朗報もある。7月に加那・大祐夫婦に健人が生まれた。手の痛いのを我慢して、水戸まで会いに行った。奈津は伊那に居着いて仕事をしている。長引く不況・リストラで老も若きも生きにくい時代だが、親として援助のしようがない。ファイト。毅志は春には高校2年になる。若い叔父さんになったが、帰宅部に入部している(?)。家が学校の前にあることと閑なことで、友達がよく来る。まあ良いだろう。