魯迅批判

 李長之の「魯迅批判」を読んだ。魯迅の生前中に書かれたもので、当時の著者は25歳。私が魯迅を読んだ時代とも国も違うので、あまり多くの感想はない。
 訳者の南雲智が長い(30p)「訳者あとがき」を書いていた。「現実に密着して、時代の空気を十二分に吸いこんでいる李長之のこの魯迅論は、だが、中国では孤立している。これとほぼ同時期に発表された「『魯迅雑感選集』序言」こそ、本書とは対極に位置し、その後の中国における魯迅研究の根幹を形成した魯迅論であった。」と記している。 さらに「日本で、みずからの魯迅論に、本書を真正面から見据えた最初の研究者は竹内好氏であったろう。竹内氏が出征する前に『遺書の』心づもりで書き綴った『魯迅』(1944年刊)がそれである。 中略 竹内氏は同著で、繰り返し李長之の捉え方を紹介し、あるいは引用したりしてもいる。執筆当時、さほど多くない参考文献の中で、おそらく『魯迅批判』は、大いに活用するに足る資料と見なされていたのであろう。竹内氏は明らかに、この『人は生きなければならない』という李長之の捉え方を学びとっている。出征を間近に控えたみずからに、みごとにひき寄せ、その著『魯迅』に血肉化させていったと言ってもいいだろう。」
 そこで、竹内の「魯迅」(私が持っているのは戦後1946年11月の第二版 日本評論社版)を見てみると、確かに何ヶ所かで李長之の「魯迅批判」が紹介されていた。
 竹内の「魯迅」の跋を武田泰淳が書いていた。「昨年冬竹内君出征前夜余に嘱するに跋を以てす。いささか約を果すのみ。」とあった。
 戦後、1948年3月に竹内は同じ題名で「魯迅」を出版(世界評論社)している。内容は戦後の自由に物を書けることもあって、前著とは少し違っている。竹内は参考文献の紹介の中で李長之の「魯迅批判」について、体系的には未完成であるが、鋭い直感によって多くの独創性を生み出している。今日までに、もっとも秀れた魯迅論である。」と書いている。