博士の本棚

博士の本棚 (新潮文庫)

博士の本棚 (新潮文庫)

 前回紹介した本は、かなりの悪文であった。
 本書は、2007年7月に出版されたものの文庫本である。岡山生まれの作者はかなりの阪神ファンのようだ。彼女が読んだ本にまつわる話が書かれているが、紹介された本に私が読んだものは全くない。関心を引かれた本の名前もあったが、読んではいない。
 外国文学も、若い頃に読んだ本は翻訳が悪かったのか、理解力がなかったのか、興味を引かれて読み続けるということはなかった。中国文学が主で、後は医学・医療をテーマにした外国作家のものだけであった。アンネ・フランクポール・オースターサリンジャー、ジュリー・サラモン、レイモンド・カーヴァーイーサン・ケイニンパスカルキニャール、などなど。これ等の人たちの名前は全く知らない人が多い。
 日本人の作家では、村上春樹柴田元幸武田百合子五木寛之などが取り上げられている。武田百合子武田泰淳の妻なので、読みたいとは思っていたが、彼女の「富士日記」は全3巻もの大部の本なので、読むのを躊躇している。
 最後に、死の床に就いた時、枕元に置く7冊が紹介されている。「万葉集」「アンネの日記」「中国行きのスロウ・ボート」「西瓜糖の日々」「ダーシェンカ あるいは子犬の生活」「サラサーテの盤」「富士日記」であった。
 小説・作家について彼女はこう書いている。
 「作家は奇跡をでっち上げるのではなく、見つけ出すのが仕事なのだ、と思う。そう思わせてくれるような小説かどうかが、私にとっての基準となっている。」
 「つまり私にとって、短編小説とはこういうものなのだ。ありきたりの世界の、それに足を踏み入れてゆくと、底知れぬ空間が隠れていて、恐れにも似た気持が沸いてくるような感じ・・・・とでもいうのだろうか。」
 「つまり私は、物語の作り手でありながら、その世界の天上にあってすべてを操っているわけではない。むしろ私は言葉の森の地を這っている。木陰から登場人物たちの様子を辛抱強くうかがっている。物語の気配を見失わないためには、ただひたすら言葉の石を積み上げてゆくしかない。」
 「博士の愛した数式」は彼女にとって「やんちゃな末っ子」だと表現している。「拙著『博士の愛した数式』は妙に社交的な性格で、書いた本人が予想もしなかった場所へ勝手に出掛けてゆき、新しい出会いをもたらしてくれる。かつて私が書いた小説の多くが、皆引っ込み思案だったのに比べ、博士だけは物怖じしない一面を持っている。」
 ともあれ、作者と私の間に読書体験の中で全く共通性がないのに、作者・小川洋子の文章に感銘するのは不思議なことだ。