虫づくし

虫づくし (ハヤカワ文庫NF)

虫づくし (ハヤカワ文庫NF)

 著者は別役実。彼は劇作家でエッセイスト。演劇はほとんどというか、30年ぐらい舞台では見ていない。大勢の中で狭い椅子に長時間座るのが苦手なのである。これは、演劇に限らない。
 それなのに、何故劇作家の本を読もうと思ったか。これも、遠い昔の話である。1971年に「宮本研戯曲集 革命四部作」が出版された。これも、何故買ったかと言うと、4つの戯曲の中に「阿Q外傳」が入っていたからである。魯迅の小説「阿Q正伝」を下敷きにしている戯曲であった。井上ひさしにも「シャンハイ・ムーン」と言うのがあって、これは魯迅が主人公にされていて、彼が当時生きていた上海を舞台にしていた。彼なりの解釈があって深刻だが楽しい戯曲であった。
シャンハイムーン

シャンハイムーン

 早川書店から文庫で「虫づくし」以外にも、「道具づくし」「もののけづくし」も出版されていた、これらもついでに買った。
 中世や近世の化物に関する話の解説書かと思って買ったのだが、そうではなかった。勿論、そういう時代の虫たちへの人間の関心のもち方も書いているのだが、主題はそうではない。書かれていることのどこまでが科学的真実で、どこからが作者の創作かという、つまらない詮索はしても仕方がない。
○「だにについての考察」
 節足動物門クモ形網中の一目であり、その種類は学界に知られているものだけでも、万に近い。我々におなじみのものに、家だに、粉だに、水だに、空だに、などがあるが、最近とみに有名になったのが例の「爆だに」、つまり原子爆弾にたかるだにである。
○「はえについての考察」
 ここでは、小林一茶の句「やれうつな はえがてをする あしをする」をとりあげて、こう記述している。「ある少壮生物学者は、かつてこういう説を唱えたことがある。つまり、『てをすりあしをす』りしてしまったはえは、すでにその手足に持っていたバイキンをすり落としてしまたはえである。したがって、それを『う』っても、すでに遅いのである」と。卓見である。
 「ナンキン虫についての考察」は更におもしろい。ナンキン虫は正式には「トコジラミ」でナンキン虫は俗名であり、南京でいるであろうという推測から生まれた名前で、科学的根拠がないとしている。
 ニクソンが(アメリカの元大統領)毛沢東と会った時に、毛沢東に中国では「ワシントン虫」と呼んでいると言われた。それを修正するがために、キッシンジャーアメリカの元大統領補佐官)に中国では「モスクワ虫」と呼ばせ、ソ連では「ワシントン虫」と呼ばせ、アメリカでは「ナンキン虫」と呼ぶ「三すくみ方式」という修正案を提案させた。
 ところがこれを聞き知った日本の自民党幹部が、「そこに日本も一枚加えろ」と言ってゴネた。
 その結果、別役解説では「中国でモスクワ虫といい、ソ連ではワシントン虫といい、アメリカでトーキョー虫といい、日本でナンキン虫ということにしようじゃないか」ということだ。
 なにか、鳩山政権の基地移転交渉のドタバタ劇を、予見させる。定見のない政治は他国から軽んじられる。