夏目漱石と戦争
- 作者: 水川隆夫
- 出版社/メーカー: 平凡社
- 発売日: 2010/06/16
- メディア: 新書
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本書は、夏目漱石の小説・随筆・日記などに表わされている、彼の戦争観について丁寧に書かれている。夏目漱石の本は、高校・大学時代に読んだだけで、今ではすっかりご無沙汰である。読んだことがあるのは、彼岸過迄・道草・草枕・二百十日・坑夫・こころ・吾輩は猫である・明暗・それから・坊ちゃん・文学論・俳句集であるから、それほど熱心な読者であったわけではない。
年表を見ると、49歳で亡くなっているのだが、最初の小説「吾輩は猫である」を書いたのが38歳のときで、それから12年間の間に多くの作品を生み出したことになる。
彼の戦争観は次第に変わってきており、著者は「漱石は、学生時代から晩年まで、その時々の国策やマスメディアの論調を鵜呑みにせず、常に自分の頭で検討し判断する『個人主義』の思想や態度をもち、それを深めてゆきました。」と理解している。
若い時に読んだ夏目漱石には、彼の戦争への思いを一度も感じたことがなかったが、改めて本書を読むと戦争に対する夏目漱石の思いが伝わってくる。彼の経験した戦争といえば、日清・日露戦争と第一次世界大戦である。「日露開戦の決断は『狂った神』=『天子』=『天皇』の誤りであり、日露間の問題の解決のためには、もっとねばり強い平和的手段による外交努力が必要だったのではないか、という疑問を持ったものと思われます。」と夏目漱石の思いを解説している。また、第一次世界大戦についても否定的な見方を示している。戦争によって、弱者がますます窮地に追いやられ、政商や金持ちが利益を得ることが明らかなだけに、漱石は「戦争は悲惨さ以上です」と指摘する。そのほか、漱石の天皇観・乃木希典夫婦の殉死、などについても言及している。
最後に夏目漱石の戦争についての言説の特徴についてまとめている。
①漱石が戦争のもたらした悲劇をくり返し描き、戦争を愚劣で悲惨なものと考えていた。
②漱石が日清・日露戦争や第一次世界大戦などの原因を、国家の権力者たちが領土や利権を拡大するためにさまざまな名目を掲げて起こしたものととらえ、その責任を負うべき者についても考察している。
③漱石が日露戦後の政府の対外的・体内的政策に対しても概して批判的な態度をもちつづけた。
④漱石が自らの内部に「個人主義」思想を育て、その立場から国家主義・軍国主義思想のもたらす「個人の自由」の抑圧や侵略戦争を批判した。
「あとがき」で著者は本書の意図について、「本書をまとめることを思い立ったのは、もとより私の漱石研究の一環としてですが、同時に、まことにささやかではありますが、自分でできるかたちで憲法九条を守り生かす運動に少しでもかかわりたいと思ったからであります。読者の一人一人がそれぞれに、漱石の戦争言説から、その今日的意義を汲み取っていただければ幸いです。」と述べている。