俳人漱石

俳人漱石 (岩波新書)

俳人漱石 (岩波新書)

 だいぶ昔、関西圏では人気のあるラジオ番組「おはようパーソナリティー道上洋三です」(朝日放送)に著者が出演していて、その軽妙な語り口に興味を覚えていた。岩波から本書が出版された時(2003年5月)、買おうと思っていたが買いそびれていた一冊である。購入の経過については、8月23日付の「本を買いに」で紹介した。
 夏目漱石正岡子規、それに著者の坪内稔典が膝を交えて語り合う形式になっている。俳句の面白さ、楽しみ方がわかる本である。もっとも、俳句をたしなまない私には、俳句用語はさっぱりである。「骨法」「月並み」などと言われても戸惑ってしまう。骨法は広辞苑第三版(岩波書店)では、「身体の骨組み。骨格。根本となる規定。基礎。礼儀や故実などの作法。芸道などの微妙な点。呼吸。こつ。」とあった。大辞泉小学館)では「骨組み。骨格。根本となる規定。芸道などの急所となる心得。こつ。礼儀や故実の作法。」とあった。
 小説家になる以前の漱石俳人であって、現在確認されているのは2,500句あまり。そのうちから100句を選んでいる。
 俳句についてその良否を判定するには、「作者が言い過ぎると、意味が限定され、多義的でなくなるんだ。(中略)読者に鑑賞の楽しみを残すことだ。」「写生は月並みを破る技法だ。」と書かれている。
 また子規の言葉として、「表現することの最大の楽しみは、自分でもはっきりしないことが、書くことを通して、目の前にくっきりと表れることだよ。」と語らせている。
 稔典は本書の意図について、「俳句と作者の関係よりも、俳句がどのように読まれてゆくかということ、すなわち、作品が作者を離れて一人歩きをするさまに重点を置いている。私見では、俳句は作者の意図や思いとは関係なしに読まれてきた。作者を離れることが俳句のとても大事な要素である。」としている。
 坪内稔典が選んだ、漱石の俳句ベストスリーはこれ。
  「菫程の小さき人に生まれたし」
  「草山に馬放ちたり秋の空」
  「秋の川真白な石を拾ひけり」
 今、我が家の庭には園芸店で買った菫の種が、庭いっぱいに落ちこぼれ咲いている。春の菫もよいが、秋から冬になろうとする季節のちょっと涼やかな風の中に咲く菫も風情がある。
 自費出版した小著「孺子の牛」でも漱石の句を紹介したことがある(「戦後史」69p)。
  「合の宿お白い臭き衾かな」
 最近の俳人はどうか知らないが、和歌や漢詩の素養が基礎にある人達の句には味わい深い深みがあると思う。
 坪内稔典も先に紹介した夏井いつきも、愛媛生まれであった。子規を生んだ愛媛ならではとも思う。