仏教漢語50話

 日肝協の総会は終わったが、当会の事務局長はその後片付けで大変なようである。小さな患者団体にとって総会を開催するというのは大事業である。

 

仏教漢語50話 (岩波新書)

仏教漢語50話 (岩波新書)

 本書は、著者興膳宏の「漢語日暦」の姉妹編とも言ってよいだろう。インドから中国に入ってきた仏教が、その仏典の漢訳によって中国で広まり、日本にももたらされた。
 サンスクリット語で書かれたものを漢訳するということは難事業だったに違いない。中国語にはない概念もたくさん入ってきた。外国語の語彙を自国語の文字を用いて音声のままに写す音訳と、その意をとって自国語に訳す意訳の二つがあるのだが、今中国語を習っていて、初級者にとっては全く閉口するのが音訳で表記された語である。中国語の外来辞典を持っていればよいのだが、残念ながら持っていない。最近はたくさん音訳語の語彙が中国の文章にも溢れかえっているのでお手上げである。日本のようにカタカナで表記されているとこれは外国語だなと認識できるのだがそうはいかない。また、日本の音訳表記と発音が違うので、困ってしまう。漢訳することで、語の本来持った意味にさらに新たに加えられたり、本来持っていた意味が主要な意味でなくなったりしてきている。
 本書では大の仏教嫌いの一人として唐代の詩人韓愈を挙げている。その一方で仏教を深く信仰していた白居易の詩も取り上げている。そう言えば、今までずっと読んできたロバート・ファン・ヒューリックの小説の中で描いているディー判事(狄仁傑 630年-700年 中国、初唐の政治家。字(あざな)は懐英。高宗の時、巡撫使として地方行政に手腕を振るい、また、突厥契丹と戦い功をたてた。則天武后に宰相として重んぜられ国老と呼ばれた。)は大の仏教嫌いで、仏教を邪教として非難している。
 本書では「劫」(こう)と言う語が出てくるが、私にとってなじみ深いのは囲碁用語としてである。日本囲碁規約第六条では、劫とは「交互に相手方の石一個を取り返し得る形を『劫』という。劫を取られた方は、次の着手でその劫を取り返すことはできない。」
 もともと劫という漢字には時間の観念がなく、著者の説明では中国最古の字書説文解字では「人の去らんと欲するに、力を持って脅し止むるを劫と曰う。或いは、力を以て去るを劫と曰う」とあるから、囲碁用語に近かったのだろう。
 それが劫は、仏教などインド哲学の用語として使われ、極めて長い宇宙論的な時間の単位を表すことになった。調べてみると、サンスクリット語のカルパ (kalpa) の音写文字「劫波(劫簸)」を省略したものであるということだ。
 私は3年前に仕事を退職し、今や安い年金で生活に「四苦八苦」しているが、この語句も仏語であるという。「生老病死の『四苦』 に、愛別離苦(愛するものと別れる苦しみ)、怨憎会苦(怨み憎む者と会う苦しみ)、求不得苦(求めるものを得られない苦しみ)、五取蘊苦(心身からの苦しみ)、という四種の苦を加えて『八苦』」というそうだ。
 白居易が68歳の時に中風を患った時の詩が紹介されている。白居易は長生きだった(772年-846年)。

   「病中五絶」
  世間生老病相随
  此事心中久自知
  今日行年将七十
  猶須慙愧病来遅

  世間 生老病相い随う
  此の事 心中 久しく自ら知る
  今日 行年 将に七十ならんとす
  猶お須らく慙愧すべし 病の来ること遅きを

 この世に生きていればいずれ病が身に伴うもの、そんなことは頭ではとっくに分かっていた。いまわが人生も七十に近づいてきたが、この歳になってようやく病に見まわれたとはお恥ずかしいというべきだ。

 著者は、白居易のこの詩では「生老病死」の「死」についてはここで直接には述べられていないが、その第四の「苦」である死への不安が心をかすめていただろうと推測している。



上の写真は我が家の張子面 おかめ



俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から
 ○野辺の若草 摘み捨てられて 土に思ひの 根を残す
 ○土手の草 人に踏まれて 一度は枯れて 露の情けで 甦(よみがえ)る
 ○韓信が 股をくぐった 末見やしゃんせ 踏まれた草にも 花が咲く