B型肝炎「第3回全国恒久対策班会議」と孺子の牛(じゅしのうし)

 1月15日(日)、東京でB型肝炎「第3回全国恒久対策班会議」があったので参加した。
 昨年6月18日に原告団弁護団と国との間に「基本合意」が成立し、その後B型肝炎特措法(正式名称は、特定B型肝炎ウイルス感染者給付金等の支給に関する特別措置法)が1月13日から施行され、裁判所で和解が成立した被害者に対する給付作業が始まった。
 基本合意では、真相究明・恒久対策の確立・差別と偏見の解消など多くの課題を克服することが求められた。今回の会議はその課題の一つである恒久対策問題を話し合うものであった。
 裁判所での個別和解が成立して救済される被害者は、全体の被害者の内のわずかでしかない。したがって、裁判所に提訴できない被害者にとっても、どのような恒久対策を作り上げるかが大きな関心事になる。
 全国から100人を越える原告・弁護士が集まって話し合いを行った。 最初に花井十伍さんが「薬害エイズ被害者の活動」と題して講演を行った。
 花井さんは1962年、長野県生まれ。輸入血液製剤によりHIVに感染し、1994年大阪HIV訴訟原告団に加入て活動を続け裁判勝利のため奮闘して来た。現在は「全国薬害被害者団体連絡協議会」代表世話人、「血液製剤の製造体制のあり方に関する検討会」委員、NPO「ネットワーク医療と人権(MERS)」理事などで活躍している。2011年には中医協委員就任しており、患者の立場から医療・医療費問題について発言している。
 花井さんは講演の中で、エイズという病気について、裁判の経過などについて話をした。今回のB型肝炎訴訟が基本合意したことからいうと、裁判を闘っている時も大変だったが、これからがもっと大変と強調した。
 私たちの裁判は札幌の先行裁判から数えても20年ほどかかった。しかし、多くの被害者にとってはこれからの人生の方が長いわけで、自分たちの病気や生活がどうやっていけるかは、「恒久対策」の如何にかかっていると言っても過言ではない。それを作り上げるのは、極端にいえば厚労省の官僚でもなければ学者でもない。実際に被害を受けている我々患者が、日々の生活の中で感じたことを政策として国に実現を要求していくことになるのだろう。
 花井さんは、このほかにいろいろと貴重な体験、ノウハウを話されたが省略する。

 会議の後、小学校以来の友人(東京都大田区立馬込第二小学校、馬込東中学校)二人と夕食を取った。そのうちの一人は私が3年半前に退職した時に自費出版した「孺子の牛(じゅしのうし)」の表紙絵を描いてくれた友人で、その表紙絵を額装して持ってきてくれた。ありがたいことである。





上の写真は我が家の張子面 ひょっとこ(出雲)


俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から
○急げよ漕げよ 桑名の船頭 軈(やが)て熱田の 宮に着く
○磯で名所は 大洗様よ 松が見えます ほのぼのと
○磯で曲り松 湊で雌(め)松 中の祝ひ松 男松