市民がつくる日本・コリア交流の歴史

 長野の二女が三歳の息子を連れて、先月19日から今月5日まで遊びに来ていた。子供のこの年頃は一番活動的で、後ろを追っかけて行くだけで一仕事である。なかなか追いつけない。小学校の運動場・公園・動物園などなど飽きないように行くのだが、楽しいが体力勝負であった。5日には、刈谷ハイウエイオアシスまで送って行ったが、往復700キロを1人で運転したので、疲労困憊の一日であった。

市民がつくる日本・コリア交流の歴史

市民がつくる日本・コリア交流の歴史

 昨年1月23日に高麗博物館に行って来た時に、そこで販売していたので購入したものである。新宿駅からほど近い博物館はコリア街の中にあり、韓国風の多くのみやげ店が立ち並んでいて、若い女性からかなり歳のいった女性でひしめいていた。
 私には大いに場違いなところへ、なぜ行ったのか。以前紹介したが、新聞記事で、「韓国併合100年と在日韓国・朝鮮人」(前篇 1945年まで)の展示があったからである。通りのにぎわいと比べて、訪れる人の少ない博物館には、日本と朝鮮の交流のありさまがわかるように展示されていた。韓流もよいが、街を歩いている人に少しでも立ち寄ってもらえたら、韓国・北朝鮮のことも少しは違った意味で理解できたのではなかろうかと思った。
 本書はそういう意味で、日本の歴史教育では学ぶことのできない、貴重な資料が多く紹介されており、中国からばかりでなく朝鮮からの文物の受け入れが、日本の発展に大きく寄与していることが理解される。「倭寇」や豊臣秀吉の「朝鮮征伐」(文禄の役 朝鮮では壬辰倭乱)・日清戦争日露戦争韓国併合(朝鮮から言うと廃滅)などという侵略の歴史よりも、はるかに長い友好の歴史があったことを教えてくれる。
 そういえば、名古屋市の河村市長は南京事件はなかったと言って、国内外からひんしゅくを買った。きちんとした歴史認識を持たないと、対等平等の友好関係は築けないと思う。
 江戸時代には朝鮮通信使が何度かやってきて交流を深めたが、その影響が本書でも紹介されている日本各地の郷土玩具に残されている。相良人形(山形県)・三春張子(福島県)・沼隈人形(広島県)・出雲人形(奈良県)・中野人形(長野県)・唐子人形(岡山県)・小幡人形(滋賀県)であったが、もっとたくさんあるのだろう。
 そこで、我が家に少しばかりある郷土玩具も調べてみた。それらしきものがあったので、紹介する。


 写真左は静岡県。小川澄彦作「ラッパ小僧」と書いてあった。右は岡山県・紀美工芸の「唐子人形」



我が家の面 京劇面


俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から
 ○月を枕に 旭を抱いて 寶盡しの 夢を見た
 ○月の夜にさへ 送って貰た 見捨てられたよ 闇の夜に
 ○面の憎さよ 彼(あ)の蟋蟀(きりぎりす) 思ひ切れきれ 切れと啼く