芥川賞受賞作  楊逸「時が滲む朝」

 中国出身の作家で、「時が滲む朝」で2008年第139回芥川賞を受賞した。学生時代国文学科だったためか芥川賞が発表されたら必ず買って読む、と言っていた同級生があった。私の場合は貧乏学生でもあり、芥川賞直木賞にはさっぱり興味が無かったので、新刊で買って読んだことが無い。

時が滲む朝 (文春文庫)

時が滲む朝 (文春文庫)

 したがって、この本も文庫本。
 主人公・浩遠の父親は新中国建国後間もなく北京大学に入学したエリート。ところが1957年の「反右派運動」に巻き込まれて、右派の一人として農村に下放(シア ファン 工場または農村へ行かせて労働鍛錬または思想を改造させること 中日大辭典 大修館書店)され、その後その農村で教員になった人物。
 主人公は文化大革命の暗い時代をへて、地方の歴史ある大学に入学し、ここで民主化闘争に出会う。各地方の学生が大挙して天安門広場に集まり、中国政府に民主化を要求する。時代も、比較的自由になってテレサ・テンの音楽も聞けるようになったのだが、その一方で主人公を含め多くの学生がまだまだ文化大革命の影響を大きく受けている。
 「テレサ・テンをはじめとする香港や台湾の流行歌手の歌、みんなそれぞれ独自のルートで入手できるテープを持ち寄って聴く。外に漏れないように、音量をみんなの耳に届くぐらいまで下げ、全員が布団に入って息を潜め、高鳴る胸を抑えつつひと時を享受する。」
 市政府前の広場で座り込み行動をする時、聞こえてくるのが「夜中に広場から時々行進曲の合唱が起きる。≪国際歌≫や≪共産党就是好≫や国家である≪義勇軍進行曲≫など。」
 結局、民主化闘争は挫折して多くの活動家が国外に逃れる。主人公もその後知り合った中国残留者の娘と結婚し日本に逃れる。日本でも細々と民主化運動を行うのだが、みなそれぞれの生活を始める。時代はどんどん変化してゆき、中国の国際政治上の地位も向上してくる。
 主人公の大学の恩師で民主化闘争を指導した甘先生は、アメリカやフランスでの長い生活を終えて、「辺鄙な田舎にでも行って、小学校の先生になる覚悟だ」と言って、中国に帰ってゆく。それは、もう一度若い世代の人を育て上げ、真の民主化を成功させるための帰国なのだろうか。
 飛行機を見送る主人公は中国には帰らない。彼は言う、「しばらくして、ゆっくりと梅(妻)と桜(長女)民生(長男)の方を振り返って浩遠は日本語で言った。
 『ふるさとはね、自分の生まれたところ、そして死ぬところです。お父さんやお母さんや兄弟たちのいる、温かい家ですよ』
 『じゃ、たっくんのふるさとは日本だね』
 主人公にとって、ふるさとはまだまだ遠いところにある。

 ところでこの小説、私には芥川賞受賞と聞いても、それほどとは思わない。そうは言っても、何十年も最近の芥川賞受賞作は読んだことが無いのだが。




我が家の張子面 春日部張子  五十嵐健二



俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から
〇竹に育てし 雄竹に雌竹 早くふうふと ならせたい
〇竹の切口 溜りし水は 澄まず濁らず 出ず入らず
〇此方(こちら)立てれば 彼方(あちら)が立たぬ 両方立てれば 身が立たぬ