新年早々の署名活動 と 「馬奈木昭雄聞き書き たたかい続けること」
守大助さんを支援する徳島の会では、6日に正月早々の役員会・宣伝行動を行った。
宣伝行動では、徳島駅前に8人が参加し、チラシ250枚配布、署名30筆であった。寒いなかみなさん頑張ってくれました。
その後開かれた役員会では、会員到達数384名、署名2,377筆と報告された。カンパも寄せられた。
2月16日の総会の準備のため、総括と方針も討議し、総会の役割分担も決めた。来年度は大変厳しいが会員数450名、署名累計5,000筆の目標を提案することにした。総会では守さんの元同僚の方のお話が聞けるのが楽しみです。
昨日は、川上事務局長と二人で総会の案内、会員増やしで団体回りをした。会員も4名増えた。何事も動かなければ前進はない。今日は、川上さん松浦さん(救援会徳島県本部事務局長)との3人で全医労の労働組合を訪問する予定。
- 作者: 阪口由美
- 出版社/メーカー: 西日本新聞社
- 発売日: 2012/08/08
- メディア: 単行本
- クリック: 4回
- この商品を含むブログを見る
私たちは負けない。
どうしてか。
勝つまでやるからだ。」
と、書いてあった。なるほどと感じさせられた一書である。
この本は、同じB型肝炎訴訟を闘っている東京原告のTさんに借りたもの。私たちの運動にも役立つ本だと言って紹介された。
馬奈木弁護士が司法試験に合格したのが1966年、一貫して国民の立場に立ち国の横暴と向き合ってきた弁護士人生を今も続けている。
長いこと労働組合運動、患者会運動をやってきた立場からみると、私たちの運動はこういう弁護士の活動に支えられてきたことが、実によく理解される。最近関わりだしたB型肝炎訴訟でも、馬奈木弁護士のような人たちの薫陶を受けた弁護士の大きな支援があってこそ、一昨年6月28日の国との和解成立までこぎつけられたことが実感させられる。
有明訴訟の項では「被害者は『私憤』から立ち上がる。だけど、それはやがて『公憤』、つまり『みんなのために』という訴えに昇華する。世論をも動かす。被害の救済から根絶、そして今や到達点は『地域の再生だ』を掲げるにいたったのだ、と思うわけです。」と書かれている。
原告が、被害者が本気になって戦わないと何も解決できない。国の在り方がそうさせているからだと思う。
予防接種禍裁判ではこう記述している。「予防接種禍には、ほかの公害被害と違う部分がある。水俣訴訟では、国が防止対策を取らなかった、取らないという積極選択をしたんだと私たちは訴えた。予防接種禍の場合は、そもそも国の『不作為』ではなく、国が『やった』こと。だから、国の『積極的加害行為』なんだと私は強調しました。」。
国は、全く過去の間違いから教訓を引き出すことができないで、何度でも同じ間違いを起こしつづける。これが国の本質なのではないかと感じさせられてしまう。
もしそうでなければ、B型肝炎訴訟が20年以上にわたって続くわけがないのである。しかも、今の国の姿勢では40数万人(家族を含めると数百万人)もの被害者が救済されない。もっと抜本的な救済策、救済スピードのアップを図らなければいけない。それも国任せにしていては進まない、被害者・国民が積極的に声を上げることが一番大事なことであると思う。
B型肝炎訴訟でも、同じように運動がされてきたと理解される。和解成立ができた多くの元原告も、全員救済のために運動を続けている。全国B型肝炎訴訟大阪弁護団のホームページには、国との基本合意が成立した意義について下記の通り書かれている。
≪今回の基本合意が成立したことの意義≫
①多数の被害者に対する「司法救済制度」の確立の意義
国の試算でも、集団予防接種の使い回し被害者は、全国で40万人規模と言われています。
これらの被害者の多くが、病気の苦しみ、将来の不安、仕事を失い、家族生活を壊され、偏見・差別を受けながら今なお苦しんでいます。
②全てのウイルス性肝炎患者についての意義
証拠の問題あるいは母子感染であることなどによって原告とはなれない患者も含めて、ウイルス性肝炎患者全てが、不当な偏見・差別を受けることなく安心して暮らせるよう啓発・広報の各施策、肝炎医療の提供体制の整備、肝炎医療の研究推進、医療費助成等の施策(=恒久対策)に向けての大きな足がかり(国との協議の場の設定※肝炎対策基本法に基づく協議会)
≪今後の課題と運動≫
①被害者の全員救済に向けての個別和解手続
②未提訴被害者への本件司法救済制度の周知・相談・提訴による、被害者の全員救済に向けての広範囲の活動(※発症除斥者の等しい救済の立法解決等)
③全てのウイルス性肝炎患者の恒久対策の活動(国との協議と、それを支える活動)
④偏見・差別をなくし、本件の真相解明等のための活動(国との協議及びそれを支える活動)
⑤以上の活動の原告団、支える会の体制つくり
我が家の絵馬 山口・岩国 吉香神社 2007年12月2日購入
俚謡 (湯朝竹山人 辰文館 大正2年刊 1913年)から
○雨の降る夜は 一入(ひとしほ)床(ゆか)し 何時におろかは 無けれども
○花になりたや 芳野の花に 咲いて乱れて 下露落ちて
○滋賀の漣(さざなみ) 立つとも儘(まま)よ 霞隠れの 舟床し