東京で会議、大阪で裁判期日

 1月30日は東京で、B型肝炎恒久対策PT会議と肝炎フォーラムがあったので参加した。
 全国で肝硬変・肝がん患者への医療費助成を求める運動が進められている。その一つが地方自議会への国会あての意見書提出を求める請願である。1月末現在で45地方議会で決議があげられている。徳島では徳島県議会と阿波市議会である。
 また、国会への100万人署名も始められた。昨日は大阪地裁の期日であったが、それに先立ち淀屋橋で30分という短時間であったが、60名あまりが参加して署名への協力を訴えた。170筆が集まったという。この署名の請願項目は以下の2点。
 ①ウイルス性肝硬変・肝がんに係る医療費の助成制度を創設して下さい。
 ②身体障害者福祉法上の肝機能障害による身体障害者手帳の認定基準を緩和し、患者の実態に応じた認定制度にして下さい。
 会議の中では、既に職場の同僚や、取引先、親戚・縁者に訴えて70筆を集め、これからもかかりつけの調剤薬局に協力を求めるといった、進んだ取り組みも報告された。1万人いる提訴者が、自分のできる範囲で最大限力を出し切れば、できない署名目標ではないと感じた。しかし、初めて署名に取り組む人も数多くいるので、そういう方たちにはどうすれば署名の訴えができるか、マニュアルが必要ではないかと私は発言した。
 3月12日には東京の「東京国際フォーラム」で「オールジャパン 肝炎サポート大集会」が開催される。これは肝硬変・肝がん患者への医療費助成を求める集会として位置付けられている。全国各地からの参加でこの集会を成功させることは、運動の発展に大きな役割を果たすことだろう。国会議員や、地方議会意見書提出でお世話になった議員も招待して、この運動の意義を知ってもらうことになった。近畿・徳島の参加目標は200名という。連れ合いや子供、孫まで含めて参加すると言っている人もいる。今から楽しみである。

 1月31日朝、東京から大阪に移動した。1時半から始まる裁判には100名を超える傍聴者が来て、会場には入れない傍聴席に座れない方も多数いた。2人の男性が意見陳述を行った。

 【49歳男性】
 27歳の時に献血で感染が判明。GPT値が200を超えていて、慢性肝炎と診断され緊急入院してインターフェロン治療をした。当時婚約者がいてお腹には4ヶ月の子供がいたが別れることになった。今の会社にはB型肝炎の治療歴を告げずに入社した。親に、も、風呂・トイレ・洗濯は別にされた。現在婚約者がいるが子供は諦めている。
 国に一番強く求めることは、B型肝炎治療に対する医療費の助成の上限額の引き下げ、一番の希望は無料化。B型肝炎の根治治療に向けた医薬品開発への助成。

 【61歳男性】
 B型肝炎ウイルスに感染していることが判明したのは35歳の時。下血して受診した時にB型慢性肝炎を発症していることがわかった。平成14年に肝がんを発症していることが判明。医者の話では「治療しても5年持つかどうかわからない。」とのことであった。平成19年・24年にも肝がんが見つかった。動脈塞栓術やラジオ波焼灼術を受けた。「ラジオ波焼灼術は麻酔をしているものの、汗が大量に出て、とても辛く、いい大人が情けないと思うのですが、のたうちまわりました。」と語った。平成25年にもラジオ波焼灼術を受けた。
 6月には次男に子供が生まれる。初孫である。孫の成長を見守っていけるように長生きしたいと自然に願うようになった。自分の孫がランドセルを背負っているところをぜひ見たい。




辺野古テント村横の米軍基地で 水陸両用艇


 また長野弁護団長がB型肝炎訴訟の現状と課題について意見陳述した。
 1月31日現在の提訴被害者数は全国で10,251名、大阪で2,111名、個別和解者は今日の大阪での若い予定者164名を加え、全国で5,371名、大阪で1,260名となる。厚労省水系の被害者総数(40万人以上)からすれば、提訴者数は2%余り。「国は、その重大な責任を自覚し、被害者全員が救済を受けることができるよう、さらに根本的な周知徹底の方法を取るよう求める。」
 提訴した原告の早期の個別和解のため、国はこの訴訟に関して無意味な資料の要求をしないこと。
 B型肝炎訴訟における最大の課題は、再発肝がん除斥不適用の問題である。
民法第724条)
 不法行為に因る損害賠償の請求権は被害者又は其法定代理人が損害及び加害者を知りたる時より三年間之を行わざるときは時効に因りて消滅す。不法行為の時より二十年を経過したるとき亦同じ
 近いうちになくなる除斥制度を形式的に適用することの無いようにしてもらいたい。
 再発がんの除斥問題については、裁判所の所見を求めることもある。

 裁判終了後、会場を市民公会堂に移して報告集会。原告団総会が行われた。ここでは、30日の会議で論議された内容が報告された。
 また、今全国に普及しようとしているパンフ「なぜ? どうして」「この光景を覚えていますか?」のイラストを担当した小椋さんがその思いを語ってくれた。彼は9年前の福知山脱線事故(106名死亡、560人以上が怪我)の時、2両目に乗っていて大怪我をした被害者であった。自分自身だけでなく、家族も大きな精神的被害を受けている。
 受けた被害の深刻さ、そのことをなかなか語れないもどかしさが私たちに伝わってきた。辛い苦しいではなく、明るく元気を与えるような表紙にしたと語っていたが、全くその通りの表紙絵である。



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どどいつ入門(中道風迅洞 1986年 徳間書店
○ききわけましたが わしや切れられぬ たとえなわ目に かかるとも
○表向きでは 切れたと言えど 陰でつながる 蓮の糸
○思いなおして 来る気はないか 鳥も枯れ木に 二度とまる