「芙蓉の人」と駒ヶ根往復

 先週木曜日から、連れ合いが日本母親大会(横浜・2〜3日)に行ったので、大変忙しい連日だった。3日(日)は朝4時起きで徳島市まで車を走らせた。5時15分発の大阪行きの高速バスに乗って、8時半発の高速バスで駒ヶ根の次女宅まで行った。娘と孫を迎えに行ったのである。
 翌日は娘の車で徳島へ。準備ができて行こうとしたのだが、肝心の猫のみや雄の姿が見えない。朝は姿が見えたのだが、家中探しても出てこない。12時になりもうあきらめかけて昼食をとろうとしたら、やっと姿を現した。結局出発したのは12時40分。車は順調に走り、孫たちも静かにしてくれており渋滞もなく(吹田付近で車が炎上していた。事故の直後だったので消防車もパトカーもまだ来ていなかった。煙をくぐって横を通り過ぎた。運転手は無事なようで、携帯をかけていた。)、休憩も2回(1回5分程度)しかとらず、我が家に着いたのが6時40分であった。いつもは、途中休憩の時間も十分にとり、昼食もとるので8時間ほどかかる。我が家で待っていた連れ合いは、孫たちの顔を見て上機嫌であった。しばらく、徳島で過ごす。

新装版 芙蓉の人 (文春文庫)

新装版 芙蓉の人 (文春文庫)

 新田次郎の本で読んだのは「蒼氷・神々の岩壁」だけ。昔は登山には全く興味がなかった。本書の主人公は野中千代子と到夫婦。原作がテレビ化されるので再刊されたようだ。これまでの小説は夫の到に焦点を当てていたが、ここでは千代子に焦点が当てられている。1895年末(明治28年)に冬季の富士山頂で気象観測をしたと言うのだから恐れ入る。野中到はこの年の夏に私費で富士山頂にわずか6坪の観測所を設けた。まだまだ登山が普及していず装備についても現代と比べ物にならない。それを女性が冬期登山して、夫婦で世界では初めての冬期観測である。当然のことながら、栄養失調・機材の故障などで瀕死の状態で救助された。武家出身の女としてのしつけからくる束縛を嫌った千代子ではあるが、結局、いわゆる(?)武家の子女らしい女として著者にえがかれた。




我が家の郷土玩具  岡山・三次土人形  松かさ負い天神


どどいつ入門(中道風迅洞 1986年 徳間書店
○こぼれ落ち葉はあやかりものよ 枯れて落ちても二人づれ
○恋にこがれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身をこがす
○わしが胸では火をたくけれど けむり出さねば主や知らぬ