忙しかった3日間、肝炎国会議員要請・B型肝炎訴訟大阪期日・きょうされん総会

 忙しかった3日間であった。
 21日(木)は日肝協主催の国会議員への請願行動に参加した。日肝協・B型肝炎訴訟原告らが300名ほど集まった。午前中は衆議院第一議員会館で院内集会。主催の日肝協渡辺孝代表幹事の挨拶の後、各党から挨拶があった。厚労委員会所属の議員が多かった。
自民党田村憲久議員(前厚労大臣)・福岡資麿議員・渡辺博道議員・保岡興治議員・三ッ林裕巳議員
公明党:古屋範子議員
民主党山井和則議員・西村智子議員・奥野総一郎議員
◯維新の党:浦野靖人議員・川田龍平議員
日本共産党高橋千鶴子議員・小池晃議員
社会民主党福島みずほ議員
 田村議員は、肝炎の議員連盟を作って、私たちの要望を実現したいと語っていた。財務省の硬い財布の紐を開けさせるのは、大変な事業である。与党だけでは実現ができない。全会派が一致して取りくむことが必要だが、党によっては言っていることと実際が一致するか心配なところもある。それを乗り越える取り組みが必要だと感じた。
 午後は、班に分かれて議員訪問をして、私たちが取り組んでいる署名の紹介議員になってもらう活動を行った。私は徳島班で大阪弁護団の眞鍋議員と行動をした。訪問したのは、後藤田正純議員・三木享議員・福山守議員・吉川沙織議員(徳島県出身)。三木享議員が、紹介議員になることを承諾してくれた。大感謝である。
 請願項目は、下記の二点。
 ?すべてのウイルス性肝硬変・肝がん患者に係る医療費の助成制度創設を早急に検討し進めて下さい。
 ?肝炎ウイルス未受検者へのいっそうの受検推進及び検査陽性者を治療に結びつけるより効果的な取り組みを図って下さい。
 聞く所によると、「すべての」というところに難色を示している議員がいるという。国との和解が成立したB型肝炎患者はこの助成制度から外したい人もいるようだ。しかし、考えて欲しい。国の行政ミスで集団予防接種によりB型肝炎ウイルスを感染させられて、巨額の医療費負担・病気による収入減・差別や偏見を被ってきた被害者を外すのはど道理に合わない。しかも、和解金が入ったとしても病気が治るわけではない。今後も病気の進行や肝がんの再発を恐れながら生きていかなければならない。


田村議員(元厚労大臣)

小池議員(日本共産党・医師)

 22日(金)はB型肝炎訴訟大阪地裁の期日であったので、21日に東京から大阪に行って前泊した。裁判前にテレビの取材があった。傍聴者は100名ほどであった。今回の和解は102名で、徳島の原告も2人いた。
 2人の原告が意見陳述を行った。裁判の進行やこれからの原告団弁護団の活動方向によって、陳述原告・陳述内容も変わってくる。
 原告番号2443番の男性は、国に求めることとして、「国の担当者の方や国会議員の方も、この病気のつらさは、自分自身がなってみないとわからないと思います。また、もっと早く予防接種で感染した被害者を救済する対策をしてくれていれば、病院のカルテなどの資料の確保ができていたと思います。長い期間放置されたために、資料がなくなり、証明ができなくなってしまったのです。私のように10年以上前に幸いにも肝炎が治った人は資料をそろえることは無理になってしまいます。しかし、肝炎による被害は10年以内に肝炎で苦しんだ人と変わらないと思います。当時は今よりもよい治療方法がない時代で、病気の苦しみによる被害も大きかったと思います。最後に。私は何か悪いことをしたのでしょうか。どうしてこんな苦しみを受けなければならないのでしょうか。そのことについて、きちんと国には責任をとって欲しいと思います。」
 原告番号2480番の男性は58歳。肝がんになりかけである。そのために昇進機会の断念と再就職の断念をしている。彼は、「本件B型肝炎訴訟で最初に暗夜の一灯を掲げて道を切り開かれた関係の皆様方に感謝を申し上げます。彼らの戦い方は、後に続く私のような者にも十分な配慮をなしていただいたことに表れていて、この精神は引き継がれなければならないとの思いです。」そして、最後に、肝硬変・肝癌に関する医療費助成を私は国に求めたいです。人生の歩を進める内には『突然に肝癌を発症する』といった厳しい事態が待ち受けていることも想定に入れておかなければなりません。そのような場合にもうろたえることなく、病気に対して直視する必要がありますが、それを可能にする条件は『肝硬変・肝癌に関する医療費助成』です。是非ともご検討いただきたく、よろしくお願いします。
 裁判傍聴の後、報告集会が中之島中央公会堂で行われたので参加した。総勢80名ほどが参加した。集会では、意見陳述をした原告などの感想、DVDによる活動報告、署名班からの報告、前日の国会活動報告、テレビ報道の紹介、基本合意2の説明、6月1日の集会の案内、原告の交流、原告団総会が行われた。盛りだくさんの内容であった。
 基本合意2については、以下を参照。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000078929.pdf
 阪急三番街から5時半の高速バスに乗って、我が家に着いたのは8時過ぎであった。

 23日(土)は10時からきょうされん徳島支部の第十回総会があった。その前に少し用事を済ませて、会場に向かった。
 支部長の横田さんは、障害者自立支援法とともに平成18年支部発足して、10回目の総会だとし、まt障害者総合支援法施行3年後の見直しにあたって、障害者権利条約が批准された今、それをもとにどう変えていくか考えていきたい総会の重要性を語った。
 きょうされん本部からは西村理事長・中井事務局員が参加した。代議員34名の内出席は18名。委任状が15名であったが、もう少し参加が多くあれば、障害者を取り巻く状況を理解してくれる人が多いのにと思った。総会では活動報告・決算報告・活動方針・予算案・役員選出など全議案が提案通り採択された。
 午後からの学習会(講師は西村理事長)があり、30名が参加した。テーマは「もっともっとピカピカに! 障害者権利条約」〜見つめなおそうわたしたちの生活 実らせよう私たちのゆめ〜。
 今回の学習会の狙いは、「障害のある人たちや家族の実態と願いに背を向けた」と言わざるをえないこの間の様々な国の動きと、そのような中できょうされんに加盟する私たちが何をしなければならないか、何ができるのか、利用者も含めた参加者と一緒に考える学習の場とする。とりわけ、今後の障害者の現場で、施策で、運動で羅針盤になる障害者権利条約を軸にして企画する。」であった。はじめに講師が現在の情勢・障害者権利条約の経過・概要を説明した。
 その後、いくつかのテーマに基づいて参加者から、困っていること、願っていることなどなどを書いた紙について特徴的なものを取り上げて論議した。障害を持った利用者からも発言があり意義深いものであった。障害者権利条約では、「他のものとの平等」という言葉が30数カ所出てくるが、それは「権利」という言葉が「障害を持っていない人と同じスタートライン」にするということで、いわば底上げによって同じ位置に立てるということになる。だから、「権利」ということはあたりまえのことなのだが、それがなかなかそうは受け取られないのが日本の現状である。だからこそ「障害者権利条約」に書かれている文言の実践の重要性が強調されるわけである。障害者に関わることを、障害者抜きに決めないことが大事だと理解させれた。
 総会、学習会の様子。


 
 最後にに石村理事長は、「今みんなで せなならんこと」として、?がんばって仕事する ?たのしい生活をおくる ?その中でかんじた、うれしいこと、かなしいこと、いっぱいためる ?それを、思いっきり伝える ?たくさんの人と手をつなぐ ?障害者権利条約を生かす ことを強調した。
 そして、「自信をもって!わたしたちの後ろには、みんなでつくった、障害者権利条約だから。」と強調した。

 会員のクレエールかr、6月6日に設立8周年記念として、「吉本新喜劇チャリティ公演」を行うと報告があった。会場は徳島県労働福祉会館・別館5階ホール。前売り券3,000円(お弁当・お茶付き)第一部10時開場、11時開演。第二部14時開場、15時開演。是非、ご参加を。

 夕方、わが家に疲れ切って帰ってきた。この晩は、月下美人・大輪柱・満月美人が咲いたのだが、知ったのは今朝であった。誠に残念。

台北陵クリニック筋弛緩剤えん罪事件の守大助さんをご支援ください!

B型肝炎訴訟をお考えの方は、全国B型肝炎訴訟弁護団へご相談を!http://bkan.jp/

どどいつ入門(中道風迅洞 1986年 徳間書店
◯インコのおしゃべり障子の白さ 女あるじの噛むあくび
◯吐息ため息思案に暮れて のの字灰文字瀬戸火鉢
◯ややもあやせばくらげももぐる そそくさ出てくる苦労人