「難病ALSを生きる」長尾義明著

 とくしま難病支援ネットワークから、長尾義明さんが書いた「難病ALSを生きる」が送られてきた。表題には、「夢は捨てるな 奇跡は起こる!」「足で描いたALS患者の絵」とも書かれている。「ALS」とは「筋萎縮性側索硬化症」といって、
「日本ALS協会」では 「筋萎縮性側索硬化症は、身体を動かすための神経系(運動ニューロン)が変性する病気です。変性というのは、神経細胞あるいは神経細胞から出て来る神経線維が徐々に壊れていってしまう状態をいい、そうすると神経の命令が伝わらなくなって筋肉がだんだん縮み、力がなくなります。しかもALSは進行性の病気で、今のところ原因が分かっていないため、有効な治療法がほとんどない予後不良の疾患と考えられています。」と紹介している。
 また、「日本ALS協会」では「当法人は、全会員が力を合わせて筋萎縮性側索硬化症(以下、「ALS」という。)と闘い、ALS患者が人間としての尊厳を全うできる社会の実現を目指すと共に、ALSに関する社会啓発、ALSの原因究明と治療法の確立のための研究助成、患者の療養環境整備等を行うことによって、ALS患者・家族及び国民の医療及び福祉の向上に寄与することを目的とする。」として目的を示しています。
 なぜこの本が送られてきたかというと、ALS協会徳島支部も徳島肝炎の会もとくしま難病支援ネットワークに加盟しているからであった。長尾さんは、「日本ALS協会」の会長を勤めている。

 先月24日の徳島新聞で大きく紹介されている。長尾さんは42歳の時に発症し、次第に身体が不自由になり、人工呼吸器を付けて闘病生活は25年にも及んでいる。現在はわずかに動く右足でパソコンを操作しながら意思疎通を図っている。そして、2001年からはその右足を使って1200枚にものぼる絵を描いてきた。その約半分がこの「難病ALSを生きる」に収められている。その粘り強い精神力には頭が下がる。しかしどの絵を見ても明るい色調で、見ているとホッとさせられる。また、すべての絵にコメントが添えられているのだが、これまた抜群に明るいのだ。若い時のやんちゃな生活も書かれていて、面白い。例えば下の絵では、こう書かれている。

 「これは力がいったで、いかんがこれだけ並ぶと街も綺麗、昔、先輩が名古屋の長屋に住んで居た頃、長屋が何棟もあった。一度仕事の帰りに、間違えて隣の家に入った。炊事場を通り越して居間の敷居で気が付いた。『あかん。間違えた。』と言って飛び出してきた。奥さんが後から謝りに行ったらしい。布団の中まで入らずによかった。よかった。」
 背表紙には「難病で 我を惨めと 想うなと 険しい道に どっこい生きる」
 この長尾さんの療養を支えているのが、奥さんの美津子さんである。この方も苦労を苦労ともしない性格で、話していると気持ち良い。

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瀬尾茂信著(義父) 歌集「光十字に」から、 
◯復員の列車の中の無軌道さ敗戦ひしひしと肌身に感ず
◯LSTの船倉で暮らす数日間行く先知らぬ不安なる日々
◯黙々と誰も語らず船倉の薄暗き床に時間なくいる
◯泥水の中で寝たる追撃の作戦行動今も忘れず
◯眼底に未だに残る戦場の荒野の月にさらされし骸(むくろ)を